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2021/12/15(水)Vol.436

幸せとはシャンパンをあけ、ワルツを踊り、『こうもり』を聴くこと〜ヨハン・シュトラウスⅡ世『こうもり』
2021/12/15(水)
2021年12月15日号
オペラはなにがおもしろい
特集

幸せとはシャンパンをあけ、ワルツを踊り、『こうもり』を聴くこと〜ヨハン・シュトラウスⅡ世『こうもり』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • ウィーンの銀行家アイゼンシュタインは警官をなぐってめでたく刑務所に入ることになった。でも友人ファルケに誘われ、収監される前に大いにはめをはずそうと、楽しい夜会に出かけた。ところがこの夜会が普通じゃなかった。主宰するのはオルロフスキー公爵と称するあやしい人物だが、やってくる客たちも全部あやしい。フランスの貴族を自称するのは刑務所長で、女優と称するのはアイゼンシュタイン家の小間使いだ。妻のロザリンデまでハンガリーの伯爵夫人と称して現れた。実はこの夜会、アイゼンシュタインをこらしめるための催しだったのだ。刑務所ですべてが明らかになり、アイゼンシュタインは妻に謝罪する。集まってきた夜会の出席者たちは笑顔でこれを見守り、しこたま飲んだシャンパンを讃えるのだった。
  • ヨハン・シュトラウス作曲、ハフナー、ジュネ作詞、全3幕、ドイツ語/1874年、ウィーン、アン・デア・ウィーン劇場初演

聴いてびっくり


なんて悲しいんだろう! 歌はロザリンデの嘆きで始まる。夫が刑務所に入っている1週間、ひとり淋しく暮らさなければならない。妻と離れて刑務所に入る夫アイゼンシュタインだって悲しいに決まってる。小間使いアデーレは病気の叔母さんを見舞いに行けないのが悲しい。第1幕でアイゼンシュタイン家の3人が歌う三重唱は、憂愁の響きで始まる。でも3拍子の音楽がいつのまにか楽しい踊りの曲になっていく。3人の本心があふれ出てしまうのだ。ロザリンデは夫をこらしめる趣向の夜会に出かける気だし、アイゼンシュタインは刑務所に行く前にきれいな女性たちでいっぱいの夜会に行こうと浮き浮きしている。アデーレだって叔母の病気は嘘っぱちで、本当は夜会に行って楽しもうとしている。歌は悲しみなど忘れ、どんどん楽しい踊りの気分に高まっていく。悲しみを忘れて愉しむ、『こうもり』というオペレッタの活力が、この三重唱にはみなぎっている。

見てびっくり


誰もが行ってみたい、見てみたいのがウィーンのオルロフスキー邸で開かれる夜会だ。この夜会には誰だって入れる。『こうもり』の第2幕は全部この夜会で、聴いているうちに誰もが中にいる気分になれるからだ。オルロフスキーの歌に始まる魅力的な場面がくり広げられた後、皆でシャンパンを讃えるあたりから夜会はフィナーレに入るが、ここまでくると聴いている全員が夜会の参加者になっている。幕がおりる頃にはすっかりシャンパンに酔い、歌い疲れ、踊り疲れているはず。『こうもり』の夜会は効く。

オルロフスキー邸の夜会。誰もがあやしいが、誰もがシャンパンを讃える。

[ウィーン・フォルクスオーパー2016年日本公演より]
Photos: Kiyonori Hasegawa

この人を聴け


オルロフスキー邸の夜会でいつも人気になるのはアイゼンシュタイン家の小間使いアデーレだ。女主人ロザリンデのドレスを拝借し、女優オルガとして夜会にやってきたアデーレは、ルナール侯爵と名乗っているアイゼンシュタインに紹介される。アイゼンシュタインがうっかり「家の小間使いに似てる」ともらしたので、アデーレは「侯爵様、あなたのような方は」と、笑いを散りばめた歌で応える。参加者たちや客席が大いに喜び、アイゼンシュタインがすごすご引き下がる歌だ。そしてアデーレは夜会の花形になる。

鍵言葉キーワード

オペレッタ 『こうもり』はオペラでなくオペレッタだ。歌でドラマが動くのではなく、歌がちりばめられたドラマ、ということになる。
ワルツ 『こうもり』は踊る。ワルツやポルカやチャルダーシュで、ヨハン・シュトラウスⅡ世の踊るオペレッタ『こうもり』には、ふんだんにウィーンの舞曲が盛り込まれている。
シャンパン 皆実によく飲む。第1幕ではロザリンデの元恋人が飲んで讃える。第2幕では全員が飲んで騒いで讃える。第3幕では全員酔っ払っている。全曲のしめくくりはもちろんシャンパンを讃える歌だ。
時計 アイゼンシュタインはきれいな音で時報を伝える洒落た時計を使って女性をたぶらかしている。この時計を謎の美女に扮した妻に巻き上げられてしまったのはまずかった。
謝罪 第3幕で証拠の時計を見せられたアイゼンシュタインは妻に膝まづいて謝罪する。モーツァルト『フィガロの結婚』の最後で妻に跪いて謝罪したアルマヴィーヴァ伯爵以来だ。ウィーンのオペラ=オペレッタの浮気な男たちの、これが定番の謝り方らしい。
恋人 『こうもり』はアイゼンシュタイン邸の外から聞こえるアルフレートの歌で始まる。ロザリンデの元恋人...という設定だけれど、最近の上演では現恋人として描かれることも多い。でもロザリンデは謝罪しない。
朝6時 アイゼンシュタイン邸の夜会は果てしなく続く。でもさすがに朝6時の時報が聞こえると、客はあたふたと帰って行く。仕事に行く人、刑務所に入る人、刑務所に遊びに行く人もいる。

監修:堀内修