ローマ歌劇場 2018年日本公演 リッカルド・ムーティが予見した“演出家キアラ・ムーティ”の感性を湛えた キアラ・ムーティ スペシャル・インタビュー

去る10月上旬、『マノン・レスコー』の演出を手がけたキアラ・ムーティはローマ歌劇場を訪れ、早くも日本公演に向けての準備を開始。
多忙なスケジュールの合間を縫っての緊急インタビューとなりましたが、さまざまな質問に丁寧に答えてくれました。
キアラさんの父リッカルド・ムーティの著書の翻訳を手がけるほか、ムーティ一家とは旧知の間柄である田口道子さんがインタビュアーということで、構えることのない本心がナチュラルに語られています。

オペラの演出を
手がけるようになった理由は?

Photo:Silvia Lelli / TOR

 多分私は生まれつき演出家的な要素を持っていたのではないかと思うんです。小さい時から何をするにも段取ったり、仕切ったりしていましたから。それと子供の頃から、父(リッカルド・ムーティ)が偉大な演出家と仕事をしている時に長い時間リハーサルを見学して、演出にはとても興味を持っていました。特に私がピッコロテアトロで勉強していた時の師でもあるジョルジョ・ストレーラーさんが父と一緒に仕事をしている時は、いつも劇場に通ってオペラが仕上がるまでをよく見ていました。歌手の音楽稽古から始まって、演出家が動きの指示をしたり言葉の意味やその内容を説明したりして少しずつ出来上がっていくのを見て、歌や衣裳や舞台装置や照明など舞台作りのすべてが素晴らしいことに思えました。オペラ劇場が魔法の玉手箱のように感じられて憧れのようなものがどんどん大きくなりました。8歳くらいの頃からいつも劇場に通っていたんですよ。家に帰っても歌ったり、衣裳のデザインをしてみたり、劇場が私の世界だったのです。
 劇場という世界での初めての仕事は女優でしたけれど、女優になってからもリハーサルをよく見ていました。これも自然に演出家的なセンスがあったからではないかと思います。父も「お前は何でも演出家的な物の考え方をするね、将来は演出家だね」といつも言っていました。「私は女優よ」と応えていたのですが、父は「女優の経験がきっと役に立つよ」と言ってくれました。実際に、女優や音楽家としての経験は、今演出家として仕事をする上で大変役に立っていると思います。

『マノン・レスコー』演出の焦点は?

 プレヴォーの作品がとても好きで「マノン」の原作も読みました。18世紀のフランスの世界が描かれている本がとても好きなので、フランス革命や啓蒙主義に関する本などもたくさん読みました。多分日本の影響かも知れませんよ。子供の頃は日本のアニメに夢中になっていて、特に「ベルサイユのばら」の大ファンでした。レディ・オスカルが素敵で、フランス革命のこともアニメで知ったのです。これがきっかけとなってこの時代のマリー・アントワネットのこととか本当にたくさんの本を読みました。『マノン・レスコー』を演出するにあたっては歴史的背景がとても重要な要素です。オペラ作品の中には時代背景をどこにおいても構わない、例えば私がフランスで演出したグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』のように、時代は存在させずにすべて心理的な視点で仕上げることができる作品もありますが、『マノン・レスコー』や『フィガロの結婚』のような、登場人物が背景となる時代に生きている人たちが中心の作品は、時代を変えてしまうとストーリーが信じられないものになってしまいますよね。深みのない表面的な作品になってしまいます。
 今回、18世紀末という時代設定に忠実な舞台を作ったのは、『マノン・レスコー』は歴史的な背景を変えることができない作品だと思うからです。ここで時代設定を変えて現代にしてしまったら、マノンはエスコートガールになってしまいます。その時代における社会を描いている作品ですから、舞台装置も衣裳もその時代を表わして、観客をその世界に引き込むことで、よりストーリーが分かりやすくなるでしょう。それはとても重要だと思うのです。

女性としてマノンの生き方をどう思う?

Photo:Silvia Lelli / TOR

 マノンはモダンな女性だったと思います。マリー・アントワネットもそうでしたけれど、その進んだ考え方が当時の社会では認められなかったのです。彼女は自由でいたかったし、自分の思うままに生きたかったけれどそれができなかった。社会的な決まりがあったから、裕福でもなかった彼女は両親を失って保護者となっている兄に従うしかなかったのです。だから自分の意志で生きることはできなかった。少しでも自由を手に入れて幸せをつかもうと、できるだけのことをしたのですが、若いし、道をはずしてしまった訳です。その結果、マスネのマノンはもっとコケティッシュですが、プッチーニのマノンは悲劇で終わります。とてもイタリア的な物語になっていると思います。それで私は砂漠のイメージをライトモチーフとして舞台装置に表わしました。彼女は砂漠で死んでいくのですが、最後には彼女自身が砂漠なのだと叫びます。自分の中に砂漠を閉じ込めることが運命だったのです。あの時代は多くの女性が自分の意志通りには生きることができない運命でした。彼女は悲劇的な人生を選んでしまったのです。

*インタビューでは、このほかにも、マノンとデ・グリューについての考察や、オペラ演出を手がけるには音楽を重視するべきであること、そして父のリッカルド・ムーティから得たことなど、言葉を重ねて語ってくれました。
これらの内容は、追って本紙またはNBSのホームページなどでご紹介していきます。どうぞお楽しみに。

2018年日本公演
ローマ歌劇場

『椿姫』

指揮:ヤデル・ビニャミーニ
演出:ソフィア・コッポラ

【公演日】

2018年
9月9日(日)3:00p.m.
9月12日(水)3:00p.m.
9月15日(土)3:00p.m.
9月17日(月・祝)3:00p.m. *9月発表時から1公演が追加となりました。

会場:東京文化会館

【予定される主な配役】

ヴィオレッタ:フランチェスカ・ドット
アルフレード:アントニオ・ポーリ
ジェルモン:レオ・ヌッチ

*表記の出演者は2017年9月現在の予定です。今後、出演団体側の事情により変更になる場合があります。

『マノン・レスコー』

指揮:ドナート・レンツェッティ
演出:キアラ・ムーティ

【公演日】

2018年
9月16日(日) 3:00p.m.

会場:神奈川県民ホール

9月20日(木)3:00p.m.
9月22日(土)3:00p.m.

会場:東京文化会館

【予定される主な配役】

マノン:クリスティーネ・オポライス
デ・グリュー:グレゴリー・クンデ
レスコー:アレッサンドロ・ルオンゴ

*表記の出演者は2017年9月現在の予定です。今後、出演団体側の事情により変更になる場合があります。

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