バイエルン国立歌劇場 2017年日本公演『魔笛』 伝説の名演出、愛され続ける理由を探る Photo: Wilfried Hösl Photo: Rikimaru Hotta

アウグスト・エヴァーディングによって、1978年にバイエルン国立歌劇場でプレミエを迎えた『魔笛』は、
およそ40年近くの年月が経つ現在まで上演され続けてきました。
ここでは、日本公演で指揮をするアッシャー・フィッシュ、そしてエヴァーディングとともにこのプロダクションを作りだした
美術家のユルゲン・ローゼの“証言”をもとに、エヴァーディング演出『魔笛』が愛され続けている理由、
人々を惹きつける魅力とは、いったいどんなところにあるのか、ご紹介していきます。

エヴァーディング演出の「前」と「後」?

Photo:Wilfried Hösl

 現在ではほとんどの場合、3人の童子は少年によって演じ歌われます。しかし、エヴァーディングとローゼが『魔笛』にとりかかった当時はそうではありませんでした。ローゼはこう語っています。
「私たちにとってまずはっきりしていたのは、3人は必ず子役でなければならないということでした。当時はほとんどの場合、女性合唱の若いメンバーがこの役を歌っていたのです。しかし、私たちは3人の男の子に演じてもらいたかったのです。彼らは物語の進行とともに、小さなモーツァルトになったり、良家の坊ちゃんになったり、わんぱく小僧になったりと変化していくのです。いずれの姿でも、雲に乗ってやってくるとはいえ、彼らは地上の存在です」
 なるほど、3人の童子は正体不明ですが、タミーノを導いたり、パパゲーノの自殺を止めたり、物語の要所に登場して重要な役割を果たします。観客は彼らが登場するたびに、メルヘン性と現実性の両方を自然に受け止めることになります。3人の童子が“小さなモーツァルト”と考えたエヴァーディング、さすがですね。

Photo:Wilfried Hösl

 エヴァーディングは、舞台に登場する人物の不自然さをなくすことにもこだわりました。それは主役歌手だけではなく、合唱にも。ザラストロの周りに、“民衆”を登場させたのです。ローゼによると、
「民衆はザラストロを褒め称えるために登場し、最後にはタミーノとパミーナが仲間として入場を認められる場面で現れます。かつては僧侶の格好をした女性たちも含まれていましたが、まったくナンセンスです。というのも、パミーナが女性として初めてこの結社に受け入れられるところにこそ、新しさがあるからです」
 登場人物の人間性を重視するエヴァーディングは、ザラストロの祭儀的な衣裳をやめ、雲の上のエライ人ではなく、民衆に愛される高潔な一人の人間として表しました。このエヴァーディングの目指したものが、モーツァルトの想いに通じていることは、指揮者アッシャー・フィッシュの言葉からもうかがい知ることができます。
「音楽自体がザラストロの人間味を描いています。ザラストロを好ましい人物にしようというモーツァルトの気持ちがみえます。モーツァルト自身はパパゲーノっていう感じだったかもしれませんが、ヒューマニストであった彼は、ザラストロのような役どころの重要性を十分理解して、作品をつくったのだと思います」
 ザラストロばかりでなく、モノスタトスや奴隷たちの扱いについても、それまでは“邪悪なモノスタトス”でしかなかった彼が、どこか憎めない愛嬌すら感じさせるものとなっているのがエヴァーディング演出です。

 エヴァーディング演出では、第19番の三重唱が第10番の前に移動しています。 「音楽的なことではなく、純粋にストーリー的なことでエヴァーディングが考えたものです。私もこっちの方が理に叶っていると思います」とマエストロ・フィッシュ。
 整理してみましょう。沈黙の試練のなかにあるタミーノが自分の呼びかけに答えないので、パミーナが絶望を歌うのが第17番。第19番ではザラストロのもと、タミーノとパミーナが愛を確認し合いながら、タミーノが試練を乗り越えたのちに再び会うことを誓います。ところが、第21番の始まりで、パミーナは「私のことはもう愛していないのね」と自殺しようとするところを3人の童子に発見されます。試練を終えての再会を約束したんじゃなかったっけ…‥? というわけで、エヴァーディング版では、ザラストロが僧侶たちにタミーノに試練を受けさせる同意を得た後に第19番を置き、ザラストロが試練へと向かうタミーノとパパゲーノの加護を神に祈る第10番としました。
 第19番の矛盾に関しては、さまざまな議論や考察もされていますが、物語の流れの自然さを探求するエヴァーディングの姿勢は、ブレることなく、曲順の変更へと結びついたのでしょう。


いくつかのポイントをご紹介しましたが、愛され続けてきた理由、伝説的と呼ばれる名演出とは、何か一つを指し示して言えるものではなさそうです。ただ一つ言えるのは、エヴァーディング演出の『魔笛』は、単なる絵空事のメルヘンではなく、現実世界ではないとわかっていながら、自然な親近感を抱かせるものであること。この『魔笛』を観た観客は、善悪について、母の心情について、邪悪さや夢、修行に立ち向かう勇気など…‥さまざまなことに思いをめぐらせるのではないでしょうか。そして再びこの舞台を観たくなるー。観る者の考えが変わることがあったとしても、エヴァーディングの『魔笛』は、いつも「そう、あなたが考えたことはそれで良いのですよ」と受け入れてくれる、そうしたぬくもりと安心感を与えてくれる…‥。これこそが、人を惹きつけてやまない魅力となっているのでしょう。

2017年日本公演
バイエルン国立歌劇場

『タンホイザー』(全3幕)

【公演日】

2017年
9月21日(木)3:00p.m.
9月25日(月)3:00p.m.
9月28日(木)3:00p.m.

会場:NHKホール

指揮:キリル・ペトレンコ
演出:ロメオ・カステルッチ

【予定される主な配役】

領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ

【入場料[税込]】

S=¥65,000 A=¥59,000 B=¥54,000 C=¥42,000 D=¥32,000 売切 E=¥25,000 売切 F=¥17,000 売切
エコノミー券=¥15,000 売切 学生券=¥8,000

*学生券はNBS WEBチケットのみで8月18日(金)より受付。

※ヴェーヌス役のパンクラトヴァの
メッセージ動画を、
こちらからご覧いただけます。

『魔笛』(全2幕)

【公演日】

2017年
9月23日(土・祝)3:00p.m.
9月24日(日)3:00p.m.
9月27日(水)6:00p.m.
9月29日(金)3:00p.m.

会場:東京文化会館

指揮:アッシャー・フィッシュ
演出:アウグスト・エヴァーディング

【予定される主な配役】

ザラストロ:マッティ・サルミネン
タミーノ:ダニエル・ベーレ
夜の女王:ブレンダ・ラエ
パミーナ:ハンナ=エリザベス・ミュラー
パパゲーノ:ミヒャエル・ナジ

【入場料[税込]】

S=¥56,000 A=¥49,000 B=¥42,000 C=¥35,000 D=¥26,000 売切 E=¥20,000 売切 F=¥16,000 売切
エコノミー券=¥15,000 売切 学生券=¥8,000

*学生券はNBS WEBチケットのみで8月18日(金)より受付。

※『魔笛』動画を、
こちらからご覧いただけます。