ウィーン・シリーズ ウィーン国立歌劇場 2016年日本公演 マレク・ヤノフスキ インタビューより 『ナクソス島のアリアドネ』は演奏会形式では意味がない

 ウィーン国立歌劇場日本公演で『ナクソス島のアリアドネ』を振る指揮者マレク・ヤノフスキは、自らの決断により長らく“歌劇場と決別”してきました。ドイツの歌劇場で研鑽を積み、ウィーン国立歌劇場やメトロポリタン歌劇場など、世界有数の歌劇場での活躍をするなかでの決断でした。しかし、歌劇場で振らなくても、ヤノフスキの指揮活動がオペラから離れたわけではありませんでした。実際のところ、芸術監督を務めるベルリン放送響とは演奏会形式によるワーグナーのオペラ全曲演奏を行い、そのライヴ録音は“現代の偉業”を成し遂げたといわれるほど高評価を得ています。日本でも2014年から4年をかけて行われる「東京・春・音楽祭」での《ニーベルングの指環》演奏会形式で、指揮者ヤノフスキの真価は証明されています。
 そのヤノフスキが、今夏にはバイロイト音楽祭、続く秋には日本でウィーン国立歌劇場日本公演と、舞台上演オペラの指揮に登場することになり、ファンの間では「いよいよ!」という声と期待が高まっています。
 久々のオペラ上演の指揮に向かう心境や、『ナクソス島のアリアドネ』という作品への思いなど、ご自身の言葉から紹介していきます。

photo:Wiener Staatsoper / Michael Poehn

「演出先行のやり方が間違っていると思ったからです」と、マエストロはきっぱりした口調で語ります。「16〜17年前、ドイツの劇場で、あまりにも演出先行で音楽をないがしろにしたような舞台に直面したとき、もう決してピットに入るのは辞めようと決意したのです。私は決して新しいやり方のすべてがダメだというわけではありません。さまざまな変化が訪れることは当然です。ただ、それには文化としての内容がなければいけません。ドイツにおける“ムジークテアター”のやり方には、それが見られないことがあります。演劇とオペラはちがうものとしてあるべきなのです」

 実はマエストロに“歌劇場との決別”を決意させたのは『ナクソス島のアリアドネ』だったそうです。マエストロにとってR.シュトラウスは大事な作曲家の一人であり、もちろん作品についても敬意を抱いているものということも、決意の要因であったでしょう。
「『ナクソス島のアリアドネ』は、『ばらの騎士』や『サロメ』ほどポピュラーではないけれど、とてもインテリジェンスのある作品です。R.シュトラウスと台本作家のホーフマンスタールが試みた実験という点でも興味深い。彼らは、コメディと悲劇を同時にやるというアイディアを実現しました。これは単なる筋立てというのではなく、劇場のリアリティに対する皮肉ということでもあったのです」
 ”R.シュトラウスとホーフマンスタールの実験”について、少し解説をしておきましょう。『ナクソス島のアリアドネ』の初演は、モリエールの喜劇「町人貴族」の第3幕が終わった後に、この劇の主人公が招待した客たちに『ナクソス島のアリアドネ』というオペラを見せるという設定で、成り上がりの“町人貴族”である主人公は、この悲劇に流行の茶番劇の両方を上演しようとするというものでした。R.シュトラウスとホーフマンスタールは、このにわか富豪を中心とした社交的気分、イタリアの即興喜劇の雰囲気をもつ茶番劇、そしてギリシャ悲劇に基づく『ナクソス島のアリアドネ』と、3つの様式を盛り込んで作品を完成させました。ちなみに、このときにはモリエールの頃に活躍した作曲家リュリの音楽の編作も用いられました。果たして結果はというと、あまりの長大さもあり、成功といえるものではありませんでした。この結果から、二人の作者は「町人貴族」に付随するのではない、短いプロローグをつけた独立した作品としての『ナクソス島のアリアドネ』を完成させたのです。改訂したとはいえ、二つの全く異なる様式=喜劇と悲劇を混ぜ合わせるという二人の意図は変わることはありません。彼らの狙いは、美学的に背反するものを混在させることで、かえって芸術的なすぐれたものを表現しようとしたのです。
 「プロローグでは特に、皮肉が込められたやりとりがあります。ドイツ人でもこの言葉のすべてを理解するのは難しいかもしれません(笑)。でも、日本では字幕もありますし、何より日本のお客さんは理解する知性を持っていると感じているので心配はありません」

 何よりも音楽を大切にするヤノフスキ。「ドイツの伝統を受け継ぐ指揮者と言われることは光栄に思っています。ただ、これはドイツのオーケストラでなければできない、ということではありません。はっきりとした自分の音、イメージを持って、それをオーケストラから引き出すということが重要なのです。『ナクソス島のアリアドネ』なら、R.シュトラウスが奇跡のオーケストレーションによって書いた室内楽のような緊密なオーケストラの音楽を、存分に引き出すことが必要です。『ナクソス島のアリアドネ』は、グルメのための音楽といえるのですから」

「歌劇場から離れてからも、演奏会形式でオペラを振ってきました。今でも、ヨーロッパでは演出の問題を考えると、演奏会形式の方が良いと思っています。特に、ワーグナー作品の場合には、音楽の中にシーンがある。それを純粋に描くことができるからです。でも、どんな作品でもそうではありません。たとえば、『ナクソス島のアリアドネ』は、演奏会形式では意味がないのです。『フィガロの結婚』や『コシ・ファン・トゥッテ』も舞台が必要です。『イドメネオ』や『魔笛』、『フィデリオ』は演奏会形式がいい、『魔弾の射手』は…‥うーん、どちらかわからないですね(笑)」

 いまは久々にオーケストラ・ピットに入ることについて、とても楽しみにしているとのこと。私たち聴衆も期待が膨らみます。

2016年日本公演 ウィーン国立歌劇場
『ナクソス島のアリアドネ』

【公演日】

2016年
10月25日(火) 7:00p.m.
10月28日(金) 3:00p.m.
10月30日(日) 3:00p.m.

会場:東京文化会館

作曲:R.シュトラウス
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
指揮:マレク・ヤノフスキ

【入場料[税込]】

S=¥63,000 A=¥58,000 B=¥53,000 C=¥48,000 D=¥32,000 E=¥25,000 F=¥17,000
エコノミー券=¥13,000 学生券=¥8,000

2016年日本公演 ウィーン国立歌劇場
『ワルキューレ』

【公演日】

2016年
11月 6日(日) 3:00p.m.
11月 9日(水) 3:00p.m.
11月12日(土) 3:00p.m.

会場:東京文化会館

作曲:R.ワーグナー
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
指揮:アダム・フィッシャー

【入場料[税込]】

S=¥67,000 A=¥61,000 B=¥54,000 C=¥49,000 D=¥33,000 E=¥25,000 F=¥17,000
エコノミー券=¥13,000 学生券=¥8,000

2016年日本公演 ウィーン国立歌劇場
『フィガロの結婚』

【公演日】

2016年
11月10日(木) 5:00p.m.
11月13日(日) 3:00p.m.
11月15日(火) 3:00p.m.

会場:神奈川県民ホール

作曲:W.A.モーツァルト
演出:ジャン=ピエール・ポネル
指揮:リッカルド・ムーティ

【入場料[税込]】

S=¥65,000 A=¥60,000 B=¥54,000 C=¥49,000 D=¥33,000 E=¥25,000 F=¥17,000
エコノミー券=¥13,000 学生券=¥8,000

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