30年前、東京バレエ団と20世紀の巨匠振付家モーリス・ベジャール、戦後の日本を代表する作曲家、黛敏郎らのタッグが実現。文楽、歌舞伎の傑作『仮名手本忠臣蔵』全十一段という長大な作品を約2時間のバレエに凝縮した、濃密でドラマティックな“ベジャール版忠臣蔵”の誕生だ。文楽の浄瑠璃本から抜粋された義太夫節が随所にちりばめられ、三味線、下座音楽、日舞の所作、豪華な衣裳、黒子、定式幕など歌舞伎の要素を自在に取り入れながら、作品の魂を見事にバレエで表現、1986年の初演直後から、東京バレエ団の海外公演でもたびたび上演、パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座をはじめ、各地の著名劇場で絶賛を博した、東京バレエ団のオリジナル作品だ。
ずらりと並んだモニターに電子音楽、思い思いに踊る若者たち、とベジャールの忠臣蔵は現代の東京を舞台に幕を開ける。中央に佇む青年は、若者たちのリーダーだ。彼が突如目の前に現れた一振りの刀を手にすると、あっという間に忠臣蔵の世界へとタイムスリップ──! 舞台を瞬時に物語の世界へと導く、息を呑むダイナミックな展開だ。
義太夫の声が響きわたるなか、刀を手にしたネクタイ姿の青年が出くわすのは、独特の身振りが仰々しい、裃姿の男たち。将軍の弟の足利直義、後に殿中で刃傷事件を起こす塩冶判官、いかにも悪役然とした高師直の姿も。事件の発端となる「兜改め」の場では、判官の妻、顔世御前が立涌文様の紫の打掛姿で登場、ため息が出るほどの艶やかさだ。
顔世御前に横恋慕する師直は、執拗に彼女に言い寄っている。師直、判官らを道化のようにはやし立てているのは、鷺坂伴内。高師直の家来だが、『ザ・カブキ』では、狂言回し的なアクの強いキャラクターとして随所に登場するのが面白い。いまだ事情をのみこめないネクタイ姿の青年は、ゆっくりと、幕を引きながら袖に消えていく──。じわじわと胸騒ぎを誘う、独特の場面転換だ。
歌舞伎の舞台さながらの「殿中松の間」の刃傷の場は、師直と判官の、じりじりと緊張感を煽るような諍いのデュエットが見もの。歌舞伎の四段目塩冶判官切腹の場は、「通さん場」と呼ばれ、客席への出入りが禁じられるほどの緊迫した場面だが、ベジャール版の舞台には、黛の煽動的なフレーズに駆り立てられるように走り続ける若者が! 最後には判官から「仇を討て」との遺言を受け、塩冶家家老、大星由良之助として生きる青年の運命が明らかになるとともに、桜の枝を手にした顔世の姿が、その悲痛な思いを強く印象づける。
独創的な見せ場は次々と続く。「いろは四十七文字」の幕や、二人で一枚の打掛を羽織って踊る女性のデュエット、一列に並んだ男性ダンサーたちが仇討ちの連判状に次々と血判を押す迫力のシーン──。また、様々な登場人物、エピソードのなかで、ベジャール版がとくに注目、光を当てたのが、おかると勘平の悲劇だ。主君塩冶判官の一大事に居合わせることができず、おかるの実家へと駆け落ちする二人。その逃避行を描いた道行きのパ・ド・ドゥ、勘平がイノシシと間違えておかるの父親を撃ち殺したと思い込む「山崎街道」、勘平切腹の場など歌舞伎でおなじみの名場面が、次々と描き出される。さらに、前半最大のクライマックスとなるのが、由良之助のヴァリエーション。仇討ちのリーダーとして生きる決意を固めた彼の、7分半にも及ぶパワフルなソロは、男性ダンサーの技と個性がこれでもかと発揮される、作中最大の見どころの一つだ。
『仮名手本忠臣蔵』でもっとも華やかな場面として知られる七段目祇園一力茶屋の場は、ベジャール版の舞台でも実に艶やかに美しく描かれる。敵の目を欺くために祇園で遊んでばかりいる由良之助とともに登場するのは、色鮮やかな衣裳を纏った女性ダンサーたち。日舞とバレエが絶妙にミックスされた優美な舞踊の場面は、浪士たちの過酷な運命をほんのひととき忘れさせる。勘平の仇討ち参加のための金を工面すべく遊女となったおかるが、手鏡を用いて由良之助の密書を覗き見する有名な場面も、バレエ化によってより鮮烈なイメージに。
また、ヒロイン顔世御前の出番が多いことも、ベジャール版の魅力。復讐を望む顔世と、敵のスパイに計画を悟られないよう、仇討ちの意思はないと本心を隠す由良之助。外伝の『南部坂雪の別れ』に描かれる二人のやりとりが、実にスリリングなパ・ド・ドゥとして繰り広げられる。
由良之助の態度に失望した顔世が、波の精たちにのみこまれるようにして去っていく場面から、四十七士の勢揃い、と物語はクライマックスへ。そしてこの作品の最大の魅力の一つ、討ち入りの場面の男性ダンサーたちによる迫力の群舞だ。ベジャールならではの躍動感溢れる振付が、バレエでなければ表現し得ない、迫真の討ち入りの場を実現。魂を揺さぶるようなフィナーレの切腹の場まで、一瞬たりとも見逃せない、迫力の舞台に注目を!
(加藤智子・フリーライター)
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