引っ越し公演の危機

 オペラやバレエの引っ越し公演が観られなくなるかもしれません。引っ越し公演は存続の危機に瀕しているといっても過言ではないほど深刻な状況です。
 いま大きな問題になっているのは、外来の芸術団体が宿泊するホテル代です。引っ越し公演を実現するには、出演団体の来日メンバーを泊める場所が必要ですが、近年はアジア圏をはじめとする外国人観光客の急増を背景に、ホテル代がメチャクチャに高騰しているのです。泊まるところがあれば、どこでもいいというわけはありません。一級ホテルというのが契約条件になっているのです。オペラの引っ越し公演の場合、通常は300人前後ですがミラノ・スカラ座となると約500人、バレエ団の場合で100人前後から、パリ・オペラ座バレエ団になると150名にも及ぶグループになりますが、それがオペラの場合でほぼ4週間、バレエ団の場合で2週間以上東京の一級ホテルに泊まることになります。これまでは当方が長く利用してきたホテルから、団体割引料金の適用を受けてきましたが、近年の外国人旅行者の急増で、ほとんど個人客と同じ料金を払わなくてはならなくなりました。ホテルがつねに満室状態ですので、わざわざ団体客をとって割引く必要がないというわけです。どれくらい高騰しているかというと、これまでの倍以上に跳ね上がっています。それだけではなく、どこのホテルも強気で必要な部屋数を前もって確保することすら、ままならない状態に陥っているのです。ホテル代は引っ越し公演にはどうしても欠かせない必要経費ですので、ホテル代の高騰は入場料金に影響を及ぼします。
 引っ越し公演にとってもう一つの大きな足かせが、2016年4月より施行される税制改訂によって、消費税の〈リバースチャージ方式〉が適用されることです。これまで海外の事業者、すなわち海外の出演団体に対してかかっていた消費税の納税義務が、国内の役務提供を受ける側、すなわち、弊財団のような招聘事業者に転嫁されることになりました。このたびの〈リバースチャージ方式〉の導入によって、私どものような招聘事業者にとっては、消費税がそのままコストアップにつながります。
 来年以降に見込まれるホテル代の高騰と、消費税の〈リバースチャージ方式〉の導入によって、どれくらい事業費がアップするかを具体的な数値で示したいと思います。今年の9月に招聘した英国ロイヤル・オペラと、先ごろ終わったばかりのシュツットガルト・バレエ団の引っ越し公演を例にとってみます。
 英国ロイヤル・オペラ規模のオペラ公演の場合、前回2010年の時と比べホテル代はおよそ8,900万円もアップ、消費税のリバースチャージが適用されるとおよそ3,500万円アップになります。シュツットガルト・バレエ団規模のバレエ公演の場合、3年前の来日時に比べ、ホテル代はおよそ2,700万円のアップ、消費税はおよそ300万円のアップです。いくら当方が公益財団法人であっても、赤字続きでは財団を存続することはできませんので、これらの事業費のアップ分を、収入を増やすことでまかなわなければなりません。収入として考えられるのは入場料収入はもとより、協賛スポンサー収入、寄付金収入、そしてプログラムなどのグッズ販売収入くらいしかありません。特にオペラの引っ越し公演は経費が莫大にかかるため、ほとんどの場合、収益を上げられないどころか赤字つづきの状況です。スポンサーからの協賛金なくしては成立しませんので、今後、協賛企業が増えてくれることを願うばかりです。
 対策としてまず考えられるのはチケット料金を値上げすることなのですが、それはできる限り避けなければなりません。現状でもお客様の間では入場料が高すぎてチケットに手が出ないという声が少なくないので、チケット料金を上げることによってお客様が離れていくことに強い懸念を抱いています。
 当方としても協賛スポンサー料や寄付などの募金活動に積極的に取り組んでいるつもりですが、個人でご寄付くださる方は少しずつ増えてはいても、わが国は欧米のような芸術へのパトロネージュや税制面などでまだまだ寄付文化が醸成されていないと日々痛感しています。
 オペラやバレエの引っ越し公演は、わが国の舞台芸術の世界にさまざまな刺激を与えて活性化させ、また国際文化交流という観点からも大きく貢献してきたのではないかと思っています。わが国の観客の皆さまにとっても、日本に居ながらにして欧米の一流オペラ団・バレエ団の舞台に接することで、幾度も本場ものの凄さに目を見開かされる思いをされてきたのではないでしょうか。
 いまが外来のオペラ・バレエ好きの皆さまからの絶大なご支援が必要なときです。今後も弊財団はどんな状況下にあってもオペラやバレエの引っ越し公演を継続して実現すべく最大限の努力をする所存ですが、これから予定されている公演においては、ホテル代や消費税のアップ分をどうしても入場料に反映させざるを得ない場合があるだろうことを、どうぞご理解いただきたくお願い申し上げます。あわせて、企業からの協賛スポンサー料、個人からのご寄付などによって、オペラやバレエの引っ越し公演が継続して実現できますように、皆さまの深いご理解、ご支援を切にお願い申し上げます。