英国ロイヤル・オペラ 2015年日本公演 英国ロイヤル・オペラ管弦楽団 コンサートマスターが語る、マエストロ・パッパーノ ヴァスコ・ヴァシレフ(英国ロイヤル・オペラハウス管弦楽団 コンサートマスター) 「本当にオペラのための指揮者。イタリア・オペラに関しては世界で3本の指に入ると思う」

photo:Alexander Gouliaev

 ヴァスコ・ヴァシレフが音楽監督ハイティンクに見出され、英国ロイヤル・オペラハウス管弦楽団のコンサートマスターに指名されたのは1993年、23歳の時だった。もちろん最年少である。パッパーノ監督下の演奏では、2002年の『ヴォツェック』が初めてだ。ブルガリア生まれでモスクワ、ロンドン等の音楽学校を卒業、リヨン歌劇場を経て現職へ。オペラ、バレエの演奏に加えて英国ロイヤル・オペラ(ROH)内外の様々な音楽プロジェクトを主宰し、ポップ風、エスニック風等ジャンルを超えた幅広い活動を行っている。独自の来日公演もある。

ーー英国ロイヤル・オペラでの最初の作品は?

ヴァシレフ ショルティ指揮、リチャード・エア演出の『椿姫』でした。「お、新顔がいるね。いいか悪いかは後でわかる」といわれて、これはテストだったんです。結果はご覧の通り。

ーーこの時のショルティは客演ですね。音楽監督のハイティンクはどんな指揮者でしたか。

ヴァシレフ 驚異的な指揮者ですが、舞台よりも楽団のため、交響曲のための人です。テクニックがあまりにもすばらしいので、我々と多く話をする必要はなかった。英国ロイヤル・オペラで彼が口にしたのは20語ぐらいかなあ(笑)。

ーーパッパーノはよく話すでしょう?

ヴァシレフ そう、まったく逆ですね。初めて一緒にやった『ヴォツェック』はすばらしい演出でしたが、トニー(パッパーノ)はリハーサル中、舞台で起きている事を詳しく説明してくれます。だから音楽の細かい部分、音符の1つ1つまで理解できるのです。歌手との絆も強く、たくさんリハーサルをして団結させる。本当にオペラのための指揮者ですよ。

ーー他のオペラの指揮者とは違った、パッパーノ独特の進め方ってありますか。

ヴァシレフ 彼はコレペティトーアの経験があり、ピアニストでもあるから、歌手の伴奏をする意味がよくわかるんです。その上で音楽の色彩を引き出すことができる。実に普遍的な指揮者である上に、イタリア・オペラに関しては世界で3本の指に入ると思う。 

ーーリハーサルに楽団が入る段階になると、独唱、合唱、ドラマトゥルグ全体とのバランスについて指揮者の指示は大きいですか。それとも楽団が率先してやりますか。

ヴァシレフ 間違いなく指揮者です。サウンド・エンジニアみたいなものです。彼の立つ位置からしかわからないから。その上で奏者の感情を湧き立たせなければならない。サウンド・エンジニアと違って音楽を演奏するのだからね。

ーーオーケストラに、歌手に合わせて劇的に演奏する自由を多く与えてくれますか。

ヴァシレフ もちろん。コントロールと自由を両立させるのが大きな心を持つ証し。オーケストラは時には歌手の影、時には独奏者ですからね。

ーーハイティンクからパッパーノに変わって新しく学んだことを一言でいうと?

ヴァシレフ いつも学んでいます。今日『白鳥の湖』を練習して、何度も何度もやっているのにまた新しいことを学びました。トニーからは、舞台でどんなドラマが起きているかについていろいろ学びます。また歌手についても、イタリア・オペラ自体についてもね。

ーーもし演出が、いわゆる観客が気に入らないようなものだとやりにくいですか。

ヴァシレフ いや、演奏に忙しくて見ないから、お客さんのようにがっかりはしないね。それより舞台がひどい分音楽がよくて、オーケストラが英雄になるからいいんじゃない(笑)?

ーーROH楽団としてのコンサートは?

ヴァシレフ ウィーンでのバルトーク、バーミンガムでのヴェルディの「レクイエム」等が思い出深いです。5月にはオペラハウス(ROH)でフランス音楽やスクリャビン等を特集、日本ではモーツァルトの「レクイエム」を演奏します。

ーーパッパーノって普段はどんな人?

ヴァシレフ すごくフレンドリーな人だよ。友達といえる感じ。もちろんリハーサルではとても厳しいけれど、それは当然。でもレストランでもツアー中でも、彼の家にも呼んでくれても、とても楽しい。ワイン好きでグルメだしね。