英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団 2015年日本公演 英国バレエの伝統を継承する、稀代のストーリーテラー デヴィット・ビントリーの話題作 『シンデレラ』

photo:Bill Cooper
 振付家としてのビントリーは、音楽に対する鋭い感性で高く評価されている。彼が敬愛するバランシンの作品は、しばしば「目で観る音楽」と形容されるが、ビントリーの場合はそこに演劇性が加わり、さらにドラマティックに観客の心に訴えかける。
 シンデレラが変身する場面での星たちの群舞も秀逸。夜空に瞬く星屑の精たちが連なって登場し、あたかも魔法の粉が巻き上がるかのように展開するフォーメーションが見事だ。シンデレラと王子のパ・ド・ドゥも、音楽の盛り上がりに合わせて、片手リフトなどの独創的で難しいパートナリングが随所に取り入れられている。

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 ビントリーたっての願いで実現した、舞台美術の第一人者ジョン・F・マクファーレンによる息をのむような舞台装置と衣裳もまた、大きな見どころだ。中でも圧巻は、シンデレラが一日中閉じ込められている台所から、魔法の力で夢のような世界が展開していく場面。シンデレラをプリンセスの姿に変身させる四季の精たち、舞踏会へといざなう星屑の精たち、クリスタルの輝きを放つカボチャの馬車、ネズミやカエル、トカゲの御者、そして瞬く星空の下の舞踏会……。暗くて狭い、現実的な台所とは対極にある眩い世界は、まさに舞踏会そのものが、シンデレラが見た儚い夢にすぎないのではないかと思わせる演出になっている。

photo:Bill Cooper
 ビントリー作品に共通する特徴、それは登場人物がリアルな生身の人間であることだろう。『シンデレラ』においてもそれは同様で、シンデレラは単なる「三角巾をつけて箒を持った、踊りの上手な女の子」という表面的なバレエ・キャラクターではない。3幕での王子との再会後、シンデレラがすぐにプリンセスの姿にならずに、裸足のみすぼらしい姿のままで王子と愛に満ちたパ・ド・ドゥを踊るのは、王子が彼女のピュアな心の美しさに惹かれた何よりの証拠だ。形式的な結婚式よりもはるかに心温まる、抽象的なハッピーエンドとなっている。

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 シンデレラといえばガラスの靴だが、ビントリー振付のバレエ『シンデレラ』においては、靴は単なる小道具ではなく、シンデレラのキャラクターを代弁する物語の鍵として登場する。
 第1幕、裸足にみすぼらしい格好で現れるシンデレラは、文字通り無一文で一人ぼっち。そんな彼女の唯一の持ち物が、母親の形見の美しい舞踏会用の靴だ。ところがシンデレラは、台所に忍び込んで来た貧しい老婆に、彼女の裸足の足を温めるため、そのたった一つの宝物を差し出す。その犠牲の精神は、シンデレラの内面の美しさを物語り、この美しい行為こそが、すべての魔法を引き起こすきっかけとなる。
 老婆の正体は、亡くなったシンデレラの母親の精霊。いつかきっと幸せになれると娘に言い聞かせ、魔法をかけて舞踏会へ送り出す。終幕、靴をきっかけに再び王子に見いだされたシンデレラが、母親への愛の象徴である靴を母親に返すのは、一つのサイクルが完結したことのメタファーであり、だからこそシンデレラは母親への愛の代わりに、王子への愛を手に入れることができたのである。


 「作品の問題点を解決するのが大好き」と茶目っ気たっぷりに語るビントリーは、振付にあたって他の『シンデレラ』を徹底的に分析し、二つの大きな問題点を見いだしたという。
 「一つ目の問題点は、しばしば男性ダンサーによって演じられる二人の義姉の存在が強烈すぎて現実味がなく、シンデレラの存在を霞ませていることです。だからこそ、私はどうしてもこの役を女性ダンサーに踊らせたいと考えました。ただ、シンデレラの髪を引っ張ったりつねったりといったことはさせたくなかった。こんなことは大して人を傷つけません。本当に辛いのは、陰口といった精神的ないじめですから」。こうして誕生した、誰より踊りが巧いと信じ込んでいる“スキニィ”と、食べ物に目がない“ダンピィ”の二人の義姉の描写は、バレエ・ジョークであると同時に、女性同士ならではのその陰険さには、誰もがドキッとするようなリアルな怖さがある。
 「現代の観客が共感できる生身のキャラクターを」というこだわりは、シンデレラ役にもあてはまる。「二つ目の問題点は、シンデレラが常に美しく、プリンセスになるのをただ待っているように見えることでした。彼女は、いじめられ虐待された哀れな子なのですから、そのように見えなければなりません。魔法によって美しく変身した姿をより感動的なものにするには、始めにシンデレラの置かれた状況をとことん惨めにする必要がありました」。プロコフィエフの重厚な音楽とマッチする、シンデレラのダークな部分に焦点をあてた1幕前半の演出は、彼女が新たに見出す夢と希望に満ちた世界とのコントラストを一層鮮やかにし、だからこそ、観客にもシンデレラが味わう喜びや驚きがダイレクトに伝わってくる。
 こうしたキャラクターのニュアンスを理解することこそが、BRBのダンサーの特徴であると熱弁するビントリー。「テクニックや素晴らしい動き、それだけでは駄目です。すべてはパフォーマンスであり、パーソナリティなのです。キャラクターや物語を鮮明に伝えることこそがロイヤル・スタイルの伝統であり、それはダンサーのバックグランドに関係なく、作品を作り上げていく過程で、ダンサー一人ひとりの骨の髄にまで沁み込んでいくものなのです」


エリシャ・ウィリス(プリンシパル)

「シンデレラは、ドレス姿になってもなお、シャイで臆病」

  「私の描くシンデレラ像を完璧に具現化してくれる」とビントリー芸術監督が絶対的な信頼を寄せるダンサー、エリシャ・ウィリス。地元オーストラリア・バレエ団で踊った後に2003年にBRBに入団、翌年にはプリンシパルに昇進し、以降BRBの看板ダンサーとしてほぼ全ての公演で主役を踊ってきた。
 タイトルロールを自身に振付けられた『シンデレラ』は、そんなウィリスにとってのキャリアのハイライト。 「デヴィッドのシンデレラ役に対するヴィジョンは、よりリアリスティックで説得力があります。私の解釈も同じ。舞踏会に現れたシンデレラは、すぐに自信溢れるプリンセスになるのではありません。舞踏会なんて行ったこともない彼女は、ドレス姿になってもなお、シャイで臆病。そんなあくまで普通のリアクションが演じやすかったですね」
 ビントリー芸術監督も、彼女が見せる、まるで夢見る子供のように無垢な表情を絶賛する。
 踊っていて好きなのは、真夜中の12時が近づき、シンデレラが舞踏会を後にしなければならないと気づく場面。「とにかく音楽が素敵で、本当にドラマティック。大きな時計も出てきて、大好きなシーンです」
 キャラクターを伝えることを重要視するビントリー芸術監督が選んだダンサーたちは皆、卓越したパフォーマーだ。だからこそ、プリンシパル一人一人の役の解釈が尊重されている。「BRBでは、キャストが違えば解釈も違うので、一回一回の公演が全く違うものになるんです。特にプリンシパルは皆、強い個性とそれぞれのやり方があり、この点は他のカンパニーと違って面白いところですね」

イアン・マッケイ(プリンシパル)

『シンデレラ』の王子は、血の通った人間」

 『シンデレラ』初演時に王子役を踊ったイアン・マッケイは生粋のスコットランド人。ロイヤル・バレエ学校在学中にビントリー芸術監督に引き抜かれて1999年にBRBに入団、弱冠22歳でプリンシパルになった。王子役に相応しい長身と端正な顔立ちに加え、精緻なテクニックと安定したパートナリング、そしてあふれ出る人間的な魅力でもって、長年BRBを代表するダンサーとして活躍して来たマッケイ。BRBの魅力は圧倒的なレパートリーの豊かさにあると言う。「優れた版の古典作品と、刺激的な新作の両方があります。特にビントリー作品はバラエティに富んでいて、毎回どんな作品になるのか予測がつかない面白さがありますね」。
 ビントリー芸術監督のヴィジョンに命を吹き込むのがダンサーの役目だと語るマッケイ。
「『シンデレラ』の王子役の参考にしたのは、英国皇室のヘンリー王子です。メディアを騒がせる彼は現代のプリンス。冒険好きで、ユーモアがあって、それでいてチャーミング。『シンデレラ』の王子も同様に、愛を求めていて、情熱に任せて行動するところがある。形だけのプリンスではなく、血の通った人間なんです」
 5歳になる息子も『シンデレラ』のDVDに夢中になったという。「王子の登場場面でのシンデレラの義姉たちのリアクションを見て、“パパだ!でもどうしてこの人たち倒れているの?”と聞いてきたので、“王子がハンサムすぎるからだよ”と答えたら、“パパはハンサムじゃないよ!”って(笑)。息子は王子よりも、踊るトカゲたちに魅了されたみたいです」

平田 桃子(プリンシパル)

「自分の中で毎回違うシンデレラを作りあげています」

 群馬の山本禮子バレエ団付属研究所で鍛えられた、バレエ団の中でも卓越したテクニックの持ち主である平田桃子。昨年は驚くべき10回転ピルエットの動画でも話題になった平田は、憧れていた吉田都の足跡を追うようにして、ローザンヌ国際バレエコンクールで受賞後、第一志望のロイヤル・バレエ学校に16歳で留学、在学中にビントリー芸術監督の目に留まって2003年にBRBに入団した。
 2010年の『シンデレラ』初演時に踊った役は、躍動感あふれる春の精。「回転が多くて恐ろしい役」と言いながらも、やはり自分のために振り付けられた役なので思い入れがあるという。
 シンデレラ役も同時に経験済み。「監督が自由な解釈で踊らせてくださるので、自分の中で毎回違うシンデレラを作りあげています。義姉役の二人とのからみなど、その場その時にしか表現できないものを大切にしているので、演じていて楽しいですね。それに……実は靴マニアなので、あのキラキラした靴は、見るたび心ときめきます(笑)」
 テクニックだけでなく、最近では数々の主演を経験して演技力も一段と深みを増し、ビントリー芸術監督も「特に2幕の舞踏会の場面での桃子は、精緻でスムーズで本当に素晴らしい」と大絶賛。その舞踏会の登場場面で、一歩一歩階段を下りていくところは、平田自身のお気に入りシーンでもある。
「家族も観に来てくれますし、日本で踊るのはやはり特別ですね。『シンデレラ』はセットも衣裳も本当に美しいですし、とにかく沢山の人に観に来ていただきたいです」

ジョセフ・ケイリー(プリンシパル)

「BRBは何よりファミリーのような雰囲気が魅力」

ビントリー芸術監督が「今が絶頂期の素晴らしいダンサー」と太鼓判を押すプリンシパル、ジョセフ・ケイリーは、英国北部のヨークシャー州出身。ダンスの他にもサッカー、空手、水泳などを習う活発な少年だったというが、その面影が残る素朴な清々しさと、若々しいエネルギーが魅力のダンサーだ。ロイヤル・バレエ学校在学中にローザンヌ国際コンクールで受賞し、ビントリー芸術監督の誘いで2005年にBRBに入団した。「デヴィッドはダンサーに求めていることがはっきりしています。動きの一つ一つに意味があり、一緒に仕事をするのはとても刺激的。自分の踊りも演技も、すべて変わりました」
 2010年に踊った『シンデレラ』の王子役は「とてもハードな役。舞踏会の場面では、通常と違いパ・ド・ドゥの前にソロがあるので、疲れるし大変ですね」と言うが、テクニシャンでパートナリングに優れたケイリーだからこそ出来る役、とビントリー芸術監督から絶対の信用を置かれている。どちらかというと『リーズの結婚』のコーラス役などの素朴な青年役の方が素の自分に近いというが、だからこそ王子役は演じて楽しいという。好きな場面は、3幕でシンデレラが靴の持ち主と判明した後、二人が愛を確認し合うパ・ド・ドゥ。平田桃子とのパートナーシップも、『アラジン』、『パゴダの王子』などでここ最近評価が高まる一方だ。
「BRBは何よりファミリーのような雰囲気が魅力。それでいて皆プロフェッショナルで、そのバランスがとてもいい。観客の皆さんにもそれがきっと伝わると思います」


2015年日本公演
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
「シンデレラ」「白鳥の湖」

会場:東京文化会館

「白鳥の湖」

2015年
4月25日(土)2:00p.m. [オデット/オディール:ジェンナ・ロバーツ  ジークフリート王子:マシュー・ゴールディング]
4月26日(日)2:00p.m. [オデット/オディール:セリーヌ・ギッテンズ  ジークフリート王子:タイロン・シングルトン]
4月27日(月)6:30p.m. [オデット/オディール:ジェンナ・ロバーツ  ジークフリート王子:マシュー・ゴールディング]

「シンデレラ」

2015年
5月1日(金)6:30p.m. [シンデレラ:エリシャ・ウィリス  王子:イアン・マッケイ]
5月2日(土)2:00p.m. [シンデレラ:平田桃子  王子:ジョセフ・ケイリー]
5月3日(日・祝)2:00p.m. [シンデレラ:エリシャ・ウィリス  王子:イアン・マッケイ]

指揮:フィリップ・エリス(「白鳥の湖」)、ポール・マーフィー(「シンデレラ」)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

【入場料[税込]】

S=¥18,000 A=¥16,000 B=¥14,000 C=¥11,000 D=¥8,000 E=¥5,000
エコノミー券=¥4,000 学生券=¥3,000

*エコノミー券はイープラスのみで、学生券はNBS WEBチケッットのみで2015年3月20日(金)より発売。25歳までの学生が対象。公演当日、学生証必携。
★ペア割引(S,A,B席)あり
★親子ペア割引(S,A,B席)あり。1月30日(金)より発売。


【そのほかの公演】

「白鳥の湖」

5月6日(水・休)
愛知県芸術劇場大ホール [TEL 052-241-8118]

「シンデレラ」

5月9日(土)
兵庫県立芸術文化センター [TEL 0798-68-0255]